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立ち往生の東京駅での学びは・・・深いっ!

先日、東京講座の帰り、台風のために東京駅で立ち往生したときの話です。

 

わたしは午後イチには大阪に帰らねばならない予定があったため、8時台の新幹線に乗るつもりだったのですが・・・「台風の影響で運行を見合わせています」の駅アナウンスがあるばかり。

いったいいつまで待ったらいいのかな~??

20分、30分、40分、50分、、、

だんだんと人口密度の増してくる東京駅。

 

わたしは、座る場所もなく壁にもたれて立ったまま。

わたしの目の前には、柱を囲んでスツールのような背もたれのない低い椅子がいくつも設置されているのですが、当然そのどれもに人が座っています。

座っている、というような「平和」なものでなく、ちょっとした争奪戦

座っている人が駅の電光表示を見るために、少しその場を動くと、その付近の人がそのスキに座りかける。

だって、誰もが立ちっぱなしはしんどいですもの、座りたくなりますよね。

だけど、それは、その椅子を先に占有していた人は許しません。

「あ、そこ、私の席です」

そう言って、当然のごとく座りかけた人を追い払い、座りかけた人はバツ悪そうにその場を離れます。

 

たまたまその椅子コーナーのまん前で立っていたものですから、ずーっとそんな繰り返しを目の当たりにしていました。

なんだかおかしくなってきて。(笑)

だって、「私の」って、、、新幹線車内の指定席ならその主張もわかるけど、、、、

たまたま先に座ってただけやん!!!(^◇^)

あなたのなんてもともとないやん!!!

 

ここで、ふとよぎったのが釈迦様の言われた言葉です

お釈迦様はあらゆる苦悩がある中で「執着」は一番の人間の苦しみである、とされました。

わたし、思ったんです、座席の争奪戦を見ながら。

「ココは私の席」って、 「私の」って思うから、自分の「所有物」って思うから、だれか別の人が座りかけてきたら、イラつくんですよね?

「何あんた、座ろうとしてんのサ!」ってムカつくんですよね?

もともと、自分のでもないですのにね?

「私の」とさえ思わなければ、「皆さん、順番に座りましょうよ~」   そんな感じかもしれないのになぁ。

 

愚かな人は

 「私には息子がいる」

 「私には財産がある」などといって

 それで思い悩むが

 自分自身がそもそも

 自分のものではない

 ましてやどうして

 息子が自分のものであろうか

 財産が自分のものであったりしようか”

 

・・・とまあ、お釈迦様は、自分自身ですら自分のものではないのだから、ましてや自分の子どもは「自分の息子」と思ってはならない、と説いています。

その執着が苦しみを生むから・・・?

自分のものという執着から、意のままにしたいという思いとなり、それが叶わないときには怒りや悲しみ、苦しみが生まれる、ということなのでしょうね。う~ん。深い。。。

椅子の取り合い→ブッダにつながるとは、自分でも思いませんでしたケド(*_*)

 

さて、この日新幹線が動き出したのは夕方近くなってから。

それまで何をしていたかというと・・・

 

人生初のネットカフェへ!

そこで一人あれこれ考えていると、アイディアやひらめきがあって

そうだ!東京でChiz-宙1日イベントしよう~!と決めました。

決心するや否や、もう足は会場へ~

決心したのはいいけど、会場のは取れるのかしら、どうかしら・・・

すると!なんと、わたしの思っていたその日だけが空いていたんですよ!

会場の担当の方も驚いておられました。

ツイテルな~

 

今日は中秋の名月

まんまるお月さま。

心もまんまる。

ありがたいことばっかりです。

感謝感謝。

ありがとうございます。

(写真は今日の大阪あべのハルカスと中秋の名月)

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