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思い出の詰まった実家を閉めるとき・・・

毎週木曜日に生放送させていただいている【中川千都子のありがとうのじかん】

番組には【お手紙やぎさんありがとう便り】と言うコーナーがあり、ここではリスナーの皆さまからいただいた「誰かに伝えたいありがとうの気持ちのお手紙」をご紹介させていただいています。

毎回さまざまな「ありがとう」のお便りが届けられ、私たちも番組中に胸がいっぱいになって涙することもたびたび。

 

 

今日は、先週番組でご紹介させていただいた、滋賀県彦根市にお住いの高校の先生をされている吉田武史さんのお便りをここでご紹介いたしましょう。

 

 

 

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私は大阪の阿倍野という町で生まれ育ちました。IMG_3941

まんが「じゃりんこチエ」の舞台になるような、気取りのない、人情あふれる下町です。

両親はそこで理容所を長年営んできました。半世紀以上になります。

数年前父が亡くなりました。

その後は店舗兼実家には85になる母が一人で住んでいましたが、その母も千葉の兄の所に行ってしまったので、いよいよ今日、その実家を全て片付けました。

私の生まれ育った家です。

小さくてボロくて、でも父と母が必死に腕一本で私と兄を育ててくれた家です。

それも今日でお別れです。

 

ここは私の原点、故郷です。

大阪の阿倍野の人間であることをこれからも誇りにして頑張っていくと、最後にこの家に誓いました。

平成二十九年五月十六日、吉田理容所、閉店です。

 

 

 

IMG_3943移転にあたり、母が店に貼り出した挨拶文

 

「 去る424日に長男の居住する千葉県浦安市に移住いたしました。

以前から出ていた話ではあったのですが、移住そのものは急きょ決定いたしましたもので、皆様には十分なご挨拶もできず、申し訳ない気持ちでいっぱいでございます。

思えばこの地で60年近くの長きに渡り、主人と共に理容業を営ませていただきました。

時代とともにこの街も様変わりしましたが、一つだけ変わらないものがありました。

それは皆様のあたたかさです。

そのような中で生活してこれた主人、私、そして二人の息子たちは本当に幸せ者でした。

家族、皆、この大阪、阿倍野の王子町が大好きです。

ここで生きてこれたことを誇りに思っております。

遠く離れた地からではありますが、これからも皆様のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げております。私の心は、魂は、いつまでもこの地と共にあります。

またいつか皆様とお会いしたいと思っております。それまで皆様、どうかお元気で、

 

長い間、本当にありがとうございました。」

 

滋賀県彦根市 吉田様からのおたより

 

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吉田さん、すてきな心温まるお便りをありがとうございます

失うとき、そのありがたさを一番大きく感じるのかも知れないな、と思います。

今日も素晴らしいかけがえのない一日をありがとうございます

 

  • toshinori yoshida

    美談に仕立て上げられたこんな作り話を放送して良いのでしょうか?
    今更ながらですが、自分の実家にまつわる話が放送で取り上げられていたことを知りビックリしています。母の引取で兄弟間ですったもんだしたにもかかわらず「兄の所へ行ってしまった」とあっさり片づけられてしますし、「母が貼り出した挨拶文」?認知症の進んだ母の代理人として母に関するすべての事柄に関して窓口となっている私には何の断りもなしに貼り出されています。ご近所のお世話になった人たちにはちゃんと挨拶回りしましたし、親戚にも連絡しているのに… 自分ひとりでは何もできなくなった母の窓口責任者である私に確認もなく無断でこういうことがなされたことに納得がいきません。

  • Chizuko Nakagawa

    toshinoriさん
    ホームページをご訪問いただきありがとうございます。
    またコメントをいただき感謝します。

    吉田さんの文章には大変感銘を受け、番組でありがとう便りとしての紹介をご許可いただき放送しました。
    ご家庭のことは、わたしには知るよしもなく、もっとも立ち入るべきことではないと思います。
    ただ、放送後には「老親への感謝をあらためて感じた」「(同業の)理容師である老親を誇りに思う」等々の多くのリスナー様からご感想をいただき、番組としてのお役目をさせていただいたと感じております。

    わたし自身きょうだい3人で寝たきりとなった老母を介護するなかで、思うこと感じることは同じきょうだいであってもそれぞれ違う、ということもたびたび経験します。
    同じ出来事を目の当たりにしても、それぞれその人にとっての真実があるだけだと毎回思います。
    しかし、表面的にはどうあれその根底にあるのはやはり親への計り知れない感謝です。
    それはきょうだいに共通するゆるがない思いだと実感する日々です。

    ありがとうございます

  • toshinori yoshida

    中川先生 年明け早々お忙しい中、丁寧なご返答ありがとうございます。

    人の家庭に関することには立ち入るべきではない。仰る通りですね。私もその件に関しては親族間の恥をさらすようで出来るだけ書かなかったつもりだったのですが.. 。
    放送後の反響は良好だったようですね。でも、フィクションを一つの大きな出来事として含め、美談に仕上げられた話が取り上げられていたとしても、それでリスナーの皆さんから共感・賛同を得られていれば番組の役目を果たしていたことになるのでしょうか? 放送時にはフィクションが含まれていることが分からなかったので仕方なかったことは理解できますが、当事者の一人がそのことを訴えた今でも、その考えにお変わりがないのでしょうか? そういう番組なのでしょうか?
    同じきょうだいであっても母親の介護に関して思うこと感じることが違うといういうこと、まったくの御意です。私自身いやというほど痛感しています。 先日も、吉田さんが東京に来られた際にデイサービスセンターに母を見舞いに来られました。折角センターまで来られるのであれば、私としては(私とは顔を合わせたくないのは分かりますが)日ごろ母の(気難しく人の言うことを素直に聞かないという性質は誰よりも吉田さんがよくご存じの母の)面倒を一人でみてくれている妻(吉田さんの義姉)には、一言お礼や挨拶があってしかるべきだと思ったのですが、吉田さんはセンターの近くにいる義姉のところには寄らず、東京の美術館・博物館巡りを優先され自己教養を高めて帰られたそうです。こういう考え方の違いも寛容する心がないといけないのでしょうか?先生が実感されている「きょうだいに共通するゆるがない思い」を私はどう理解すればよいのでしょうか?
    「同じ出来事」ではないと思います。親族間のいざこざはさておき、少なくとも虚偽の内容が含まれているかいないかで出来事の意味合いは大きく相違してくると思います。母が、母の代理人としての役割を吉田さんから仰せつかっている私が、挨拶状を張り出したという事実は一切
    ありません!それでもそれぞれの人にとって真実と思えることさえあれば、それによって当事者の一人が心痛めていてもよいと仰るのでしょうか?
    「表面的にどうあれ」と仰るのは、フイクションが含まれていようがいまいが、表面上美談に仕上がっていれば、あとは中身の問題で解決できるということなのでしょうか? 俗人の私にはよくわかりません。ご丁寧なコメントを頂いたにもかかわらず申し訳ございません。

  • Chizuko Nakagawa

    toshinoriさん
    貴重なご意見ありがとうございます。今後の参考にさせていただきたいと思います。ありがとうございます

  • toshinori yoshida

    中川先生 こんなことをどう参考にされるのですか。
    それよりも私の???について、どうすれば しあわせになれるのか ご教示下さい。先生はそれで終わりかもしれませんが、年明けからこの件で頭を悩ませてきた私は一年のスタートさえ切れません。どうかお助け下さい。

  • toshinori yoshida

    中川先生 コメントお待ちしています。
    ご多用中すみませんが、私の心にも太陽と青空をお届け下さい。
    宜しくお願い致します。

  • toshinori yoshida

    中川先生
    先週、今週と放送聞かせていただきました。
    偽物の挨拶状で感動を盛っている手紙だと 当事者の一人が申し出ているにもかかわらず、このままあやふやにこの話を終わらせになるおつもりですか?
    放送してしまったものは仕方がないなんてまさかおっしゃらないですよね。 放送後にも出来ること、放送してしまったからこそしていただくべきことがあるのではないかと思います。
    先生なればこその 誠実なご対応をお願い致します。

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